調べたことをまとめます

松吉隆の 調性で読み解くクラシック 松吉隆

ヤマハ銀座店で音楽書ランキング2年連続1位として目立つ所に置かれていたベストセラー。題名にある通りクラシックを中心に、ひたすら「調性とは」を一冊丸々語ったアツい本。

作曲家はどうやって調を選ぶのか?なぜ長調は楽しくて短調は悲しいの?等のキャッチーな話が多く、音楽に詳しくない人でも(面白いかは別として)理解しやすい良書となっている。内容の一例を簡単に紹介する。

 

・調の選び方は使う楽器によって決まる

弦楽器はそれぞれの弦が完全5度の感覚で並んでいるため、バイオリンで言うならソラレミの4つの開放弦が生み出すト長調ニ長調などが演奏しやすい。開放弦を少し抑えれば良いので、#系の音は得意。

木管楽器では一番低い音を基音とするのでフルートやオーボエではハ長調が、クラリネットではイ長調変ロ長調などが吹きやすい。

金管楽器に至っては、元々は一番低い音の倍音しか出ないので「ド」の長さの管では「ドミソド」しか使えない。トランペットではハ長調が吹きやすい。(ただしそこに革新を与えたのがピストン(バルブ)機構であり、ピストンを押せば「ファ」や「ソ」になる管を作っておけば「ファラドファ」や「ソシレソ」が作れて、これらを合わせて「ドレミファソラシ」の音階が作れるようになった。)

 

このような楽器の事情から編み出される全体の調性はざっくり言って以下のようなものになる。弦楽器が鳴りやすい調では最大派閥の弦楽器がたっぷりとした倍音で鳴るのでオーケストラの響きの豊かさが確保される。チャイコフスキー バイオリン協奏曲 ニ長調(D maj)など。

一方、木管楽器が鳴りやすい調では、木管楽器の色彩や細かいパッセージを活かした色彩感のある響きを得られる。有名なクラリネットポルカ変ロ長調(Bb maj)。

そして、金管楽器が鳴りやすい調はファンファーレのような圧倒的なパワーが出せる。ホルスト 組曲‹惑星›より木星 変ホ長調(Eb maj)など。

更に、フラットが多すぎて多くの楽器ではくすんだ音になる変ニ長調(Db maj)は、ピアノでは黒鍵が多くて弾きやすく、ショパンの子犬のワルツやドビュッシーの月の光などの名曲がある。変ニ長調のくすんだ響きを逆にとってオーケストラに使った曲としてドヴォルザークの「家路」(交響曲9番第2楽章)が挙げられているが、個人的にはジャズスタンダードのNica’s Dream (Horace Silver作曲) なんかもそうじゃないかと思う。

 

その他、純正律平均律の違い、平均律がいかに合理的か(平均律はどの調でも使いやすい分、所々小さなずれが多いが、現代はビブラートもするし、メリットがデメリットを上回ること)、日本の陽旋法「かごめかごめ」と陰旋法「さくらさくら」の記述、巻末付録の「それぞれの調性の特徴と名曲」、音楽家(ムジクス)と楽士(カントル)などの話も面白い。

 

しかしながら、多くの人が退屈しないよう分かりやすく書いているため、その分原理的な説明はあまりなく、ある程度知識や興味のある人が読むと「ここで説明終わらせるの?逆にわかりにくくない?」という印象を受けるかもしれない。例えば、純正律平均律の原理は説明するのに、同列で比較として上げたピタゴラス音律については原理の説明は全く無い。純正律の説明までしたのならついでに説明すれば良いのに…と思ってしまうが、きっとベストセラーになるためには面倒くさい話は要らないのだろう。

 

また、量としては少ないが感覚的で主観的な話もあり、調性に色を感じる(共感覚というやつ)音楽家の話として「ヘ長調は緑、ト長調が青、ハ長調は赤…」という話があったり、「天体の音楽」として太陽を中心に惑星が並ぶ様子を音階にたとえてみたり、作者が提案する「音量子モデル(未完成)」では原子核を中心に電子が軌道を描く様子を、基音を中心に整数比の軌道を倍音となる音が周回しているモデルが紹介されている。

音量子モデルでは、いわゆるレーザーの原理のような、原子が外部からエネルギーを吸収して励起状態になった後、遷移(エネルギーを放出)して基底状態に戻る様を、次のように例えている。トニカ(ドミソのような安定な和音)の状態にテンションをかけてドミナント(ドファシのような緊張した和音)になった状態から、トニカに戻る際にエネルギーを放出、つまり人間にはっきりとしたハーモニーの変換を感じさせる…らしい。

まず最初の「テンションをかける」ためのエネルギーはどこから来たのか?人間の感覚がエネルギーになるのか?そもそも電子雲として扱うのではなく太陽のまわりを公転する惑星のように扱うのならば、量子モデルではなく中学生向けの原子模型の方が良いんじゃないか?などの疑問が湧いてしまうが、作者は「音楽はどうしても感覚として主観的になってしまうが、それをどこまで科学として客観的にできるか」を目指すべきと考えているそうなので、今は未完でも、今後の研究に期待しよう、ということらしい。

 

最後の方は言いがかりのような感想になってしまったが、全体を通して、分かりやすく調性を語った良書であることは間違いない。

 

 

関連記事(そのうち書きたい):音律と音階の科学 小方厚

本書で省略されたピタゴラス音律などについても詳しく解説された本。