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調べたことをまとめます

フルーツパーラーにはない果物 瀬那和章

本の感想

そろそろ運命の人に出会いたい、20代後半メーカー勤務の女性4人の恋模様を書いた小説。

本の帯で「リアルすぎる女心」を謳っているのに作者が男性名義なのが面白い。調べたらライトノベルの作家さんらしい。

 

会社の同期女子4人がフルーツパーラーに集まった時に一人が口にした、「フルーツパーラーにはない果物はなんでしょう?」という問いからストーリーは始まる。

その場では4人とも特に気にしていなかったその一言が、なんとなく頭から離れず、物語が進むにつれ重みを増し、最後には「フルーツパーラーにない果物は…自分だ…」と各自が実感し、ショックを受けるという、分かるような…分からないような…そんな話になっている。

 

その集まりでは、アプリを使った簡単なフルーツ占いもし、四者四様の結果が出る。

「イチゴになりたかったわけじゃない」すぐに恋人は出来るけど3ヶ月で飽きられる合コンクイーン、沢村。モテるための努力もするけど、それがアダになり個性が出せず、強烈な個性を持つマンゴーのような女に彼氏を奪われてしまう。そんな彼女は「とちおとめ」とか「あまおう」のようなブランド名がついていない、ただのイチゴに自分を重ねる。

「気がつくとレモン」周りに気を使ってお笑いキャラに徹してしまうぽっちゃり女子、森口。合コンに行っても、男性のメンツより場の盛り上がりを気にしてしまう。相手に好かれたい、相手を好きになりたいではなく、どれだけ笑わせられるか、というモチベーションで参加してしまう。そんな彼女は紅茶に酸味を与え、唐揚げの油っこさを抑え、ムニエルの下に敷かれる、メインにはなれない果物、レモンに自分を重ねる。

そのほかパイナップルやピーチも登場するが、この二人はあらすじを書いても面白くないので割愛する。(物語として一番強烈なのはお嬢様のピーチである。)

 

「こうしなくちゃいけない」という強迫観念のようなものに取り憑かれて自分が出せず、それぞれがお互いを羨ましく思いながら悶々と生きていた4人の女子が、最後には自分は自分の生き方でしか生きられないことを悟り、最終的に前を向いて生きていく様子が描かれている。

あらすじだけで言えば書店で人気の自己啓発本の類に近いかもしれないが、リアルな人情を感じる描写が多く、充分読める仕上がりになっている。「リスクを避けて生きてきたら理系大学を修士で出て大企業のメーカーに入っていた」なんて自己紹介はああそうだよなぁと非常に共感できる。思わず先週金曜ロードショーで放映された「耳をすませば」で主人公 雫に対してお父さんが言ったセリフを思い出します。

「よし雫、自分の信じる通りやってごらん。人と違う生き方はそりなりにしんどいぞ。何が起きても誰のせいにもできないからね。」

雫は作家になるという夢に向かって、目の前の困難にぶつかっていく。

大企業メーカー勤務はこれの正反対の生き方と言っても良い。おそらく多くのメーカー勤務の理系達は、みんなが大学や大学院まで行くから自分も進学するんだろうなと思いつつ進学し、学科で就職実績のある、待遇が良さそうである程度やり甲斐もありそうな企業に入社する。その過程でアカデミックの研究やバンドでは食っていけないという挫折や気付きもきっとあっただろう。人生の分かれ道の時々でリスクの少ない選択肢を選んでいたら、気づいたらその会社に居たという状況。子供の頃からその会社に入りたかったという人が一体どれほどいるかというとほぼゼロなんじゃないか。

 

君に届け」や「青空エール」のようなまぶしすぎる十代の青春は読む気になれないけれど、なんとなく甘酸っぱい恋愛小説が読みたい時にはお薦めできる一冊だと思う。