調べたことをまとめます

総会屋とバブル 尾島 正洋

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総会屋とバブル

久々に面白い本だった。バブル時代に反社に目をつけられズブズブになっていった名門企業が、バブル崩壊とともに摘発されていく様が描かれている。
現在のコンプライアンス主義からは想像できない内容で、今日の株式市場が先人たちの苦労の上にあることがわかりました。

 

  • 反社の総会屋に目をつけられた企業は株主総会で延々と妨害を受け、やめてほしければその引き換えに利益供与を要求された。
    総会屋との決別を宣言したソニー株主総会は13時間を超えた。
  • 総務部長は社命で総会屋対策を担当させられた結果、組織ぐるみでなく個人の犯行として逮捕されていった。
    バブル崩壊とともに地上げや開発事業から企業が撤退すると反社はハシゴを外された形となり資金ショートし、腹いせに総務部長や役員が脅迫・殺害される事件が相次いだ。
  • バブルの恩恵を受けた企業は財テクの名のもとに投資に没頭した。大口投資家から資金を委任された証券会社も右肩上がりの時期はよかったが、株価が下落し始めると損失の補填を行うようになった。
    事態を懸念した大蔵省から禁止の通達が出てもバブルの熱狂は冷めず、この顧客サービスは常態化していった。
  • 大口顧客のみに補填を行った事実がバレれば証券会社の信用に関わる。この弱みを総会屋が見逃すはずはなかった。
  • 時間が経って、損失補填スキャンダルが次々に暴かれていき、商法が改正され、トップの辞任や自殺が起こっても、癒着構造は簡単に変わるものではなく、市場の清浄化には長い年月を要した。

 

ブロックチェーン 相互不信が実現する新しいセキュリティ ― 岡嶋 裕史

資産運用について友人と話していた際に、ビットコインがなぜ複製や改ざんの不正ができないのかの話になり、全く分からないことに気づいたので、ブロックチェーンに関する本をいくつか読んでみました。

その中で、上記の問いに対する答えが最もよくまとまっていたので本書の内容を紹介します。(情報系は専門ではないため不適切な理解をしている可能性があります。)

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ブロックチェーン 相互不信が実現する新しいセキュリティ

 

ビットコインのデータには、過去の全ての送金情報が記録されている。(これがブロックチェーン
・ある者が送金を依頼した後、マイナーによってあるブロックから次のブロックに繋げるための計算をする。これがいわゆるマイニング作業。(この計算の概略を話すと2章くらいの長さになる)
ハッシュ関数を使ってハッシュ値を求める。これは現実的にはハッシュ値から元の値は計算できない。(天文学的な時間がかかる)
・次のブロックには一つ前のブロックのハッシュ値が組み込まれているので、組み込まれたハッシュ値と、その前のブロックから計算されるハッシュ値が一致していないと不正となる。(この確認こそがマイニング作業)
・マイニングには時間がかかるが、あるブロックだけ改ざんしてもその前や後ろのブロックとの整合性が取れないのでそれらも計算しなければならない。しかしブロックチェーンには過去全ての取引が記録されているので全てを改ざんするには膨大な量の計算が必要、つまり実質的に計算不可能となる。
・最後のブロックだけ改ざんしても、そのブロックをマイニングしようとしても整合性が取れないので次のブロックが繋げられない。
・次のブロックが繋がらない(短いままの)ブロックチェーンは無効になるため、やはりこの方法でも不正出来ない。
・6個先のブロックまで計算されないと取引が有効にならない。6回の正当性の確認(承認)を得て初めて確定する。
・だからビットコインのようなメジャーで比較的歴史あるコインでは不正出来ない。
逆に、めちゃマイナーなコインで国家規模の圧倒的な不正集団が計算すると不正を働いた長いブロックチェーンを生成できるらしい。(2018年にモナコインであった事件らしい)
・ちなみに、ビットコインの開発者であるサトシ・ナカモトの素性は未だ謎であり、サトシ・ナカモトは100万ビットコイン(2021年現在のレートで約3〜7兆円、ビットコインの発行上限2100万BTCの約4%)を保有しているが使われたことが無い。
・サトシ・ナカモトは野獣先輩並に〇〇説があるが、Winnyを発明した日本の天才、故・金子勇がその一人であるのも興味深い。

 

ポイントとしては、改ざんできないのではなく、改ざんするには天文学的な時間がかかる、ということなので、量子コンピュータがある日突然開発されて1億年かかっていた計算が1億分の1秒でできるようになってしまうと前提が崩壊する。これは国家のセキュリティとかも全部そうだけど。。

全体を通してかなりわかりやすい説明ではあったが、デジタル署名の公開鍵の説明はちょっと分かりにくいので、基本情報技術者などの教材などを見た方が分かりやすいと感じた。

私たちが幸せを感じる理由|TED2004  ダン・ギルバート Dan Gilbert

今日は本ではなく、動画の紹介をします。アメリカの心理学者 ダン・ギルバート [1] のTED講義。

2019年現時点で1600万回再生。日本語字幕もほとんど合ってるので、大いに参考にしました。

www.ted.com

 

人類の誕生から200万年が経過し、脳の容量が3倍になったが、さらに前頭葉、そのなかでもとりわけ前頭葉皮質と呼ばれる新たな機能を手に入れたことで、人類は「疑似体験」ができるようになった。パイロットはフライトシミュレーターを使えば経験が無くとも操縦を学ぶことができる。


宝くじで3億円当選した人と、事故で下半身不随になった人の、1年後の幸福度を予想してみよう。おそらく高額当選者の方が幸せだと予想できるだろう。しかし実際のデータからは、両者の幸福度は同等であることが分かっている。
大きな衝撃を受けると、疑似体験機能は悪く作用する。これを ”Impact bias(衝撃偏向)” [2] という。大きな衝撃を受けたその後について心配する疑似体験の中では、事故の悪影響が実際以上に大きいと思ってしまうのだ。

 

大学に受かったり落ちたり、昇進したりしなかったり、人生のパートナーを得たり失ったり・・・人生の分岐点で”悪い”結果となったとしても、本人が思っているほど人間は衝撃を受けていないし、感情的にもなっていないらしい。実際最近の研究では、人生における最大のトラウマがその人に及ぼす影響について、3か月前以上に起きたものであれば、その人の幸せには影響を与えないことがわかっている。
なぜなら幸せは作り出すことができるからだ。これは心理的免疫システムが、自身が生きている世界が良いものであると考えられるよう、考え方を変えてくれるからだ。人間は、幸せは自分で作り出すものであるのに、見つけるものであると勘違いしがちだ。

幸福には以下の2種類ある。

・自然的幸福 : 欲しかったものが手に入った時の幸せ
・人工的幸福 : 手に入らなかった時に作り出される幸せ

後者は二流の幸福であるという信念が横行している。なぜならば、欲しいものが手に入ったとしても、入らなかったとしても、同じ幸せを感じられるならば、経済が回らなくなってしまうからだ。禅の僧侶で賑わうショッピングモールはそんなに儲からないだろう。

だが実際、人工的幸福は自然的幸福と同じくらい細部がリアルで、長続きする。

 実験的根拠をお話ししましょう。
6枚のモネの絵を渡して好きな順に並べてもらう実験を行い、実験後に3番目の絵を被験者にプレゼントした。
後日、時間が経ってから同じように6枚の絵のランク付け実験をしてもらった結果、被験者は3番目だったはずの貰った絵を、1番や2番にランク付けするようになった。

その後まったく同じ実験を前向性健忘者(暴飲の結果、新しい記憶を作り出せない病気。多くはコルサコフ症候群と呼ばれる人々)のグループにしたところ、彼らも同様に貰った絵のランクが上がった。彼らは自分が貰った絵がどれか分かっていない(記憶できない)にもかかわらず、である。

 

世の中にはこの心理的免疫システムを上手く使える人がいるが、上手く使える状況というものも存在する。
一方で、自由というのは、意思決定をし、その意思を変える魅力的な能力であるが、それは人工的幸福の敵でもある。人工的幸福は変わらない未来を受け入れる手助けをしているからだ。

ハーバード大学のフォトグラフィーコースで、このような実験を行った。何日間かに渡って色々な場所で写真を撮影してもらい、その中から2枚のベストショットを選ばせる。その後次のように伝える。「1つは課題として提出して下さい。もう1つはあなたにあげよう。」
ここで2つのグループを作る。1つ目の学生グループには「手元に残す1つの写真を選んで、もし後日 気が変わったら4日間は交換できるから」といい、他方のグループには「この場で決めてもらい、交換はできない」とした。
後日、手元に残った写真がどれほど気に入っているかアンケートしたとろ、交換不可能だったグループの学生の多くは手元の写真に大いに満足していたが、一方 自由意志があるはずの交換可能だった学生は、自分の絵に不満があり、更に交換期間が終わった後もその写真を好きになれなかった。「この写真でよかったのだろうか?いい方を手放してしまったかも?」という考えに押しつぶされてしまったからだ。
自由意志は人工的幸福と相性が悪いのだ。

 

最後にもう一つ実験。これから、先ほどのフォトグラフィーコースを履修する学生に対して、「最後に2枚のうちの提出する写真を、その場で選ぶコースと、4日間考える猶予のあるコース、どちらを選択したいか?」を尋ねた。すると、66%の学生が、4日間の猶予がある「不満を持ってしまう」コースを選択したのだ。彼らは人工的幸福が生まれる環境を知らないからである。

 

シェイクスピアにこのような言葉がある。

“Tis nothing good or bad. But thinking makes it so”
「物事の善し悪しは存在しない。思考がそのように見せるだけだ。」

素敵な詩だが、100%正しいとは思えませんね。

より考える価値のあるアダムスミスの言葉を紹介しましょう。

 人類の生活における苦悩や無秩序の多くは、永続的状況とそれ以外の状況の差異を過大評価しているところに帰依するようだ。いくつかの状況は疑いなく他より好ましいものであるが、それらのどれも慎重さや公平さの規律を犯すまでの情熱をもってして追い求める価値はない。また未来の心の平穏さは自らの愚行の記憶による恥、自らの不公平な行いへの恐怖や後悔によって乱されるべきではない。

 つまり、物事に善し悪しはあるから、ひとつの未来を選び抜く力は持っておくべきだ。けれどもその選択が異なる未来の差異を過大評価することによって強引で拙速なものになるとリスクが生じる。望みは限られたものであれば楽しむことができる。けれども望みは制限なしだと我々は嘘をつき、人を騙し、ものを盗み他人を傷つけ、本当に価値のあるものを犠牲にする。


最後にスピーカーが伝えたいのは次の通り。
私たちの願望や心配は自らの内で作り出されるために、どちらも大げさなものとなり、その結果、何かを選んだ後も、常に別の何かを探し求めているということだ。

 

参考文献:

[1] スピーカーの自己紹介ページ
https://www.ted.com/speakers/dan_gilbert

[2] Impact bias – Wikipedia (日本語版ページは無し)
https://en.wikipedia.org/wiki/Impact_bias

 

誤解だらけの人工知能 ディープラーニングの限界と可能性  田中潤、松本健太郎

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結局人工知能(AI)って何なの?という疑問について、音声認識エンジン開発などを行う人工知能の研究者が定性的に答えた本。

 

人工知能の定義は専門家の中でも意見が分かれるところだそうで、筆者は年代毎に定義していくことを提案している。ちなみに今は第三次AIブームで、2018年現在の人工知能とは、ディープラーニングそのものであるとのこと。また誤解しやすいが、人工知能とは「知能」の再現であって、「人間」の再現ではない。現在の人工知能の最先端であるディープラーニングも、人間の脳を模倣している訳ではないらしい。
正確に言えばディープラーニングは人間の脳のうちの一部の機能であるニューラルネットワークを模倣した数学モデルを土台としているものの、そもそも人間の脳がどう機能しているかは分かっていない部分が多い。そのため脳の機能を解明するよりも、ディープラーニングの強みである「マシンパワー」と「完全な記憶」を活かして人間に勝とうとしている。

 

ディープラーニングの強みは画像認識で、画像認識の精度だけで言えば人間よりも高かったりするらしい。ただ名詞では理解できても動詞で理解できなかったり、文章読み取りでは「レール」を「レ - ル」と認識するような意味を成さないような間違えもする。数値や言葉で表現できないものも認識できないので、常識的な前提や雰囲気や感情は読めない。そして厄介なのは、画像認識で猫を犬と誤認識した時などに、「なぜ間違えたのか?」を説明できず、正解or不正解どちらなのかしか分からない。計算が複雑過ぎて、どこで間違えたのかを人間が確認できないのだ。
またディープラーニングを含む機械学習全般の弱みとして、与えられた学習データからしか学習できず、エイブラハム・ウォールドの第2次世界大戦時の爆撃機の損傷データ解析 [1] の時のような今あるデータから飛躍して考えることもできない。

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帰還した爆撃機の損傷個所を調べてマッピングした図。損傷した個所の装甲を厚くするのではなく、"帰ってこなかった爆撃機の損傷個所"、つまりマッピングされていない個所を補強する必要がある。

そして人工知能に仕事を奪われるのか?という話では、”忖度”を必要とする職はディープラーニングでは代用できず、そのため意外にも事務作業は難しいらしい。(事務作業では空気を読んで仕事に優先順位を付ける必要があるため。) 筆者の考えでは「3大銀行のリストラの件は、超低金利政策による収益悪化で仕方なくリストラするのに、言い訳としてAIを使っているだけ。本当に現時点で3万人の雇用が奪えるAIが開発できていたら世界中で売れるレベルだ」としている。


他にも人工知能は「シンギュラリティがあって、ある日突然仕事が奪われる」イメージがあるが、実際は段階的に出来ることが増えていって、時間をかけてそれらが統合され、最後に仕事全体が代用されるだろうとのこと。例として、掃除ロボットは、最初はゴミを吸い取る”床掃き”しか出来なかったが、”床拭き”ができる物も出てきた。今後は段差や階段が登れるものが登場して、最後にそれらの機能が統合されて万能型の掃除ロボットができるだろう。
なぜこのような段階を経る必要があるのかというと、需要は一気には変わらないので、時間をかけてものが売れる市場をまず作り上げる必要があり、また技術もそれに付随して順に進歩していくためらしい。
そして自動運転に関しては、需要の問題だけでなく更に法整備や自動車保険、世間の認識などの問題があるため中々ブレイクスルーが起きる状況ではないようだ。

 

ロボカップという、1997年から毎年開催され、現在世界45か国から3000人の研究者が集まる競技大会がある。ここでは「2050年までにサッカー世界チャンピオンチームに勝てる自律型ロボットのチームを作る」という標準問題を掲げている。なぜ約50年先を目標としたかは、ライト兄弟1903年に有人動力飛行してからジェット旅客機が登場するまで50年、1940年代に電子式コンピュータ開発が始まってIBMのディープブルーがチェス世界チャンピオンに勝つまで50年。新しい技術が誕生してから実用化までには一般に50年かかる、という理屈。


そして2050年以降の高度にAIが発達した世界はどうなるのか。筆者の考えでは、人工知能によって人間は仕事を奪われるのではなく、仕事から解放されるらしい。

理由は、AIが仕事を奪っていって、奪われた人がそのまま失業者になると、その分需要が減るので生産も落ちてしまい経済が回らなくなる。とはいえ貨幣による経済体系は簡単には変わらないため、「労働の対価としてお金をもらう」という仕組みを変えるしかない。つまり経済を回すためにお金を配ることになる。(フィンランドや米カリフォルニア州ストックトンで実験的に導入されたベーシックインカムのような形) そうなると、配られた分のお金は使わないといけない、というようなルールができるかもしれない。つまり「お金を使う行為自体が労働」になるのだ。
労働と貨幣の組み合わせは、人工知能が進化する時代に向いていないと筆者は考えているそう。社会や組織に人工知能を合わせるのではなく、人工知能に社会や組織を合わせる必要があるのだ。

 

[1] Survivorship bias – Wikipedia (生存者バイアスの話。日本語版ページは無し)
https://en.wikipedia.org/wiki/Survivorship_bias#In_the_military

「行動経済学」人生相談室  ダン・アリエリー 櫻井祐子訳

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行動経済学の研究者ダン・アリエリーが2012年からウォール・ストリート・ジャーナル紙で連載した相談コラムを書籍化した本。

著者はデューク大学の心理学と行動経済学の教授であり、TEDで行ったプレゼンは780万回以上閲覧され、イグノーベル医学賞受賞歴もあるらしい。

 

内容は「転職したら幸せになれる?」「結婚する意味が分からない」といったことから「ワインの違いが分からない」「孫に会わせてもらえなくてつらい」「運がいい人っているの?」など比較的多くの人が持ちやすい悩みを紹介している。

そういう人間臭くて雑多な質問にたいして、行動経済学という理論を用い、客観的な視点で理路整然と(時には読む人が退屈しない程度にユーモアを交えつつ)回答しているので結構面白いし、ためになる。自分もこの本を書店で見かけた時、気になる質問だけ立ち読みしようと思ったら結局買ってしまった。

 

例えば前述の「転職したら幸せになれる?」に対して、まず不満の根本原因が本当に仕事にあるのかを考えるべきとした上で、それでも転職への迷いがちらつくなら3週間程度の長期休暇を取って、転職したいタイプの会社でボランティアするのを薦めている。というのも最初の目新しさが消えた時に仕事が面白いと思えるかどうかは、かなり長い試行期間を必要とするかららしい。ちなみに「今の職場に留まるか転職するかを考えるために3週間の休暇を取ることをもったいないと思うなら、愚痴を言うのをやめて今の会社で働き続けた方が良いよ」とのこと。

 

あと面白かったのは「ダイエットがつらい」「自分で決めた株式投資のルールを破りたい衝動を抑えるには」「自由意志って存在するの?」など意思に関する質問。

ダイエットに励んでいたはずなのに、深夜に大好物のケーキを見てしまった瞬間に優先順位がコロっと変わってしまう現象は、行動経済学では「現在志向バイアス」と言うらしい。

株式投資の話で言えば「やりたいことができ、それを取り消す自由があるとき、愚かな決定をしがちなのは明らかだ。自由を制限するのはイデオロギーに反するけど、意思決定に成約を設けることで長期的な目標を達成できるかもしれない」

3つ目の質問には「環境によって人の意思決定は大きく左右されるが、失敗の可能性を減らすように環境を整えることはできる。自由意志が宿るのはそこだ。自分たちの強みを活かし、より重要なこととして。弱みを克服するような方法で環境をデザインする能力にこそ、自由意思がある。」

 

その他に「食べ放題は何から食べれば投資収益率を最大化できる?」という質問には「人生で目指すべきは、誰かにとってのコストを最大化させることではなく、自分の楽しみを最大化させること」とし、「Netflixが映画のラインナップを1800本も減らし、代わりに良い映画を少し加えた。1800本の映画はきっと観ることも無かったけど、腹が立つよ」という質問には、損失回避の話を持ち出して回答終わりではなく、「Netflixを自宅のコレクションと思わないで美術館のようなものと考えるべきだ」とまで応えているのが良かった。

ちなみに「都心と郊外、どちらに住むべき?」では「人は結構上手く順応するけど、通勤地獄にはなかなか順応しないので、自宅から職場までの距離を重要決定ポイントと考えるべきだ」という正論ではあるが行動経済学に基づいているのかよく分からない回答もある。

 

最後に、結婚に関する回答も面白かったので2つほど紹介する。

「今の彼女と結婚するべき?」については「なるべく多く実験をこなすべきだね。実験には調べたい状況になるべく近い環境を作ることが重要で、今回の場合なら彼女のお母さんと2週間ほど一緒に過ごしてみると良いよ」

「結婚する意味が分からない。事実婚のまま幸せなら良いじゃない?」については著者が子供の頃、体表面の7割を覆う大やけどをし、3年間の入院生活を過ごした経験を紹介している。リハビリセンターで知り合ったデイビッドは、爆発物処理中に片目と片手を失い、足を負傷する大怪我を負っていた。彼には数ヶ月前から付き合っていたガールフレンドのレイチェルがいたけど、事故の後レイチェルから別れを切り出されたらしい。センターの患者の間では、怪我をしたから別れるなんて、レイチェルは不誠実で浅はかだ、と噂になった。この話から始まる筆者の意見は次の通りとなる。「レイチェルがひどいことをしたかどうかは分からないけど、二人の交際期間が長かったらレイチェルについての評価はもっと変わっていたかもしれない。もしくは二人が婚約していたり、事実婚だったら?結婚していたらどうだろう?そういった状況の違いによって評価が変わるようであれば、きみにとって結婚は意味のあることなのかもしれないね」

 

取り上げた回答はどれも内容を省略したもので、実際の内容はもっと分かりやすくてちゃんとしているので、少しでも気になったら、是非手にとって原文を確認してほしい。

日本でいちばん社員のやる気がある会社 山田昭男

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日本で一番休みが少ないのに給与は地域内トップレベルというホワイト企業、未来工業株式会社の経営論について創業者が語った本。

具体的にどれくらいホワイトかというと、年間休日140日+有給休暇最大40日、労働時間は一日7時間15分、残業もノルマもない[1]。岐阜県に本社を置きながら平均年収は600万円以上[2]。岐阜県の平均年収は東京都より約150万円低いので[3][4]、東京で言う平均年収800万円の企業だと考えるとかなり高い。年間労働時間を考えると時給もかなり高いだろう。更に「報・連・相」を禁止しており、社長が各部署に口を出さず、仕事の裁量を大きく社員に任せている。

 

なぜこのような経営が可能なのか。これを実現した社員のモチベーションをいかに上げるかという経営方針について、涙ぐましい努力と熱い哲学が書かれている。内容を簡単に紹介する。

 

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 そもそも、社員にやる気がないということの裏には“不満”がある。私は、その不満を一つひとつ消していくのが社長の仕事だと思っている。給料は安い、休みはない、何から何までがんじがらめの会社で働いていても楽しいはずはないし、そんな会社のために努力しようという気が起きてくるはずがない。だから、私ははずせる制約はできるだけはずそうと考えている。

 

日本の中小企業をみると、「社員を低賃金で長時間こき使ったほうがトクだ」と考えている経営者が少なくない。だが、本当にそうだろうか。中小企業には凡人が集まっている。ズバ抜けた能力をもっている者が多いわけでもない。その社員に不満をもたれたら、ただ給料をもらうために会社に来ているだけという状態になり、目も当てられない結果を招くことになってしまう。

 せいぜい、社員に不満をもたれないようにして、それなりにがんばってもらうしかないのではないか。

 

じゃあ、やる気を起こさせるにはどうするのか?社員にしてみれば、高い給料がいちばんだろうが、それには限度がある。儲けが減ったからといって給料を下げれば、社員は生活設計もできない。安定した給料を支払っていくことが最優先課題だから、給料は世間相場よりややよいぐらいの水準を目指すことになる。

それ以外に何ができるかといえば、それが労働時間の短縮というわけだ。それなら、みんなが頭を使って工夫すれば実現できるはずだ。

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ここで面白いのは、創業者が知ってやっていたのかは分からないが、ハーズバーグの理論を効率的に利用していることである。

「ハーズバーグの動機づけ・衛生理論」を簡単に言うと、人間には苦痛を避けようとする動物的な欲求と、心理的に成長しようとする人間的欲求の2つがあるという考え方である[5]。

 

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          図 ハーズバーグの二要因理論

 

この理論に当てはめて未来工業を見てみると、苦痛を避けようとする動物的な欲求は見事に満たされ、心理的に成長しようとする人間的欲求も恐らく満たされていることが推測できる。

「不満足」を招く要因

◎会社の方針と管理 → なるべく制約をはずすことを目標している

◎監督、監督者との関係 → 報連相禁止

◎労働条件、給与 → 休みは日本一、給与は安定して地域トップレベ

?同僚との関係 → 不明。だがこれだけ好待遇ならきっと良いはず

◎個人生活 → 労働時間が一日7時間15分なら個人生活も充実

 

「満足」を招く要因

◎責任、承認 → 報連相禁止で裁量が大きい

○達成、成長 → 不明だが、裁量が大きければ達成や成長も大きいはず

○仕事そのもの → 不明。だが「日本ではじめて」の製品を作ろうとしていることから、それなりにあるはず

?昇進 → 不明

 

 

ここまで見て、これだけ社員思いの経営をしていた創業者はさぞ人として立派なのだろう、と思うかもしれないが、この点に関しては全くそんなことはなく、むしろかなり奔放で酷いこともしている。

まず創業者は元々社長子息で、新卒で親の会社に入り、若い頃は会社で二番目に給料を多くもらっておきながら頭の中は劇団のことばかりだったようだ。(当時日本は演劇全盛期の時代だった)

地元の仲間と劇団「未来座」を結成し、座長兼舞台監督を務めた。午後4時には会社を抜け出して劇団へ行き、給料もほとんどつぎ込んでいたらしい。15年以上もそんな生活を続け、結婚しても変わらなかったため、とうとう親から勘当、会社をクビになっている。

クビになってからは劇団仲間で会社を立ち上げ、親の会社時代の得意先に売り込んでいたようだが、かなりえげつないやり方の営業もしており、「俺ね、クビになってしまってね、これしか売るものないけど、これ買ってくれないとメシが食えんのよ。ちょっとカバンの中見せようか、ロープ入っとんのよ。買ってくれないなら、ここでぶらさがるで・・・」という具合である。

 

やはり何かを成し遂げるには、野心というか、己を貫き通す力が必要なんだなぁ。

 

 

 参考資料

[1] 「日本一休みが多い会社」「創業以来赤字なし」未来工業の創業者死去 - withnews(ウィズニュース)

http://withnews.jp/article/f0140730007qq000000000000000W00a0401qq000010536A

[2] 未来工業の年収給料【大卒高卒】や20~65歳の年齢別・役職別年収推移|平均年収.jp

http://heikinnenshu.jp/kogyo/miraikogyo.html

[3] 東京都の平均年収や生涯賃金・年齢別年収推移・職業別年収|年収ガイド

http://www.nenshuu.net/prefecture/pre/prefecture_pages.php?todoufuken=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD

[4] 岐阜県の平均年収や生涯賃金・年齢別年収推移・職業別年収|年収ガイド

http://www.nenshuu.net/prefecture/pre/prefecture_pages.php?todoufuken=%E5%B2%90%E9%98%9C%E7%9C%8C

[5] ハーズバーグの動機づけ・衛生理論 |モチベーション向上の法則

http://www.motivation-up.com/motivation/herzberg.html

松吉隆の 調性で読み解くクラシック 松吉隆

ヤマハ銀座店で音楽書ランキング2年連続1位として目立つ所に置かれていたベストセラー。題名にある通りクラシックを中心に、ひたすら「調性とは」を一冊丸々語ったアツい本。

作曲家はどうやって調を選ぶのか?なぜ長調は楽しくて短調は悲しいの?等のキャッチーな話が多く、音楽に詳しくない人でも(面白いかは別として)理解しやすい良書となっている。内容の一例を簡単に紹介する。

 

・調の選び方は使う楽器によって決まる

弦楽器はそれぞれの弦が完全5度の感覚で並んでいるため、バイオリンで言うならソラレミの4つの開放弦が生み出すト長調ニ長調などが演奏しやすい。開放弦を少し抑えれば良いので、#系の音は得意。

木管楽器では一番低い音を基音とするのでフルートやオーボエではハ長調が、クラリネットではイ長調変ロ長調などが吹きやすい。

金管楽器に至っては、元々は一番低い音の倍音しか出ないので「ド」の長さの管では「ドミソド」しか使えない。トランペットではハ長調が吹きやすい。(ただしそこに革新を与えたのがピストン(バルブ)機構であり、ピストンを押せば「ファ」や「ソ」になる管を作っておけば「ファラドファ」や「ソシレソ」が作れて、これらを合わせて「ドレミファソラシ」の音階が作れるようになった。)

 

このような楽器の事情から編み出される全体の調性はざっくり言って以下のようなものになる。弦楽器が鳴りやすい調では最大派閥の弦楽器がたっぷりとした倍音で鳴るのでオーケストラの響きの豊かさが確保される。チャイコフスキー バイオリン協奏曲 ニ長調(D maj)など。

一方、木管楽器が鳴りやすい調では、木管楽器の色彩や細かいパッセージを活かした色彩感のある響きを得られる。有名なクラリネットポルカ変ロ長調(Bb maj)。

そして、金管楽器が鳴りやすい調はファンファーレのような圧倒的なパワーが出せる。ホルスト 組曲‹惑星›より木星 変ホ長調(Eb maj)など。

更に、フラットが多すぎて多くの楽器ではくすんだ音になる変ニ長調(Db maj)は、ピアノでは黒鍵が多くて弾きやすく、ショパンの子犬のワルツやドビュッシーの月の光などの名曲がある。変ニ長調のくすんだ響きを逆にとってオーケストラに使った曲としてドヴォルザークの「家路」(交響曲9番第2楽章)が挙げられているが、個人的にはジャズスタンダードのNica’s Dream (Horace Silver作曲) なんかもそうじゃないかと思う。

 

その他、純正律平均律の違い、平均律がいかに合理的か(平均律はどの調でも使いやすい分、所々小さなずれが多いが、現代はビブラートもするし、メリットがデメリットを上回ること)、日本の陽旋法「かごめかごめ」と陰旋法「さくらさくら」の記述、巻末付録の「それぞれの調性の特徴と名曲」、音楽家(ムジクス)と楽士(カントル)などの話も面白い。

 

しかしながら、多くの人が退屈しないよう分かりやすく書いているため、その分原理的な説明はあまりなく、ある程度知識や興味のある人が読むと「ここで説明終わらせるの?逆にわかりにくくない?」という印象を受けるかもしれない。例えば、純正律平均律の原理は説明するのに、同列で比較として上げたピタゴラス音律については原理の説明は全く無い。純正律の説明までしたのならついでに説明すれば良いのに…と思ってしまうが、きっとベストセラーになるためには面倒くさい話は要らないのだろう。

 

また、量としては少ないが感覚的で主観的な話もあり、調性に色を感じる(共感覚というやつ)音楽家の話として「ヘ長調は緑、ト長調が青、ハ長調は赤…」という話があったり、「天体の音楽」として太陽を中心に惑星が並ぶ様子を音階にたとえてみたり、作者が提案する「音量子モデル(未完成)」では原子核を中心に電子が軌道を描く様子を、基音を中心に整数比の軌道を倍音となる音が周回しているモデルが紹介されている。

音量子モデルでは、いわゆるレーザーの原理のような、原子が外部からエネルギーを吸収して励起状態になった後、遷移(エネルギーを放出)して基底状態に戻る様を、次のように例えている。トニカ(ドミソのような安定な和音)の状態にテンションをかけてドミナント(ドファシのような緊張した和音)になった状態から、トニカに戻る際にエネルギーを放出、つまり人間にはっきりとしたハーモニーの変換を感じさせる…らしい。

まず最初の「テンションをかける」ためのエネルギーはどこから来たのか?人間の感覚がエネルギーになるのか?そもそも電子雲として扱うのではなく太陽のまわりを公転する惑星のように扱うのならば、量子モデルではなく中学生向けの原子模型の方が良いんじゃないか?などの疑問が湧いてしまうが、作者は「音楽はどうしても感覚として主観的になってしまうが、それをどこまで科学として客観的にできるか」を目指すべきと考えているそうなので、今は未完でも、今後の研究に期待しよう、ということらしい。

 

最後の方は言いがかりのような感想になってしまったが、全体を通して、分かりやすく調性を語った良書であることは間違いない。

 

 

関連記事(そのうち書きたい):音律と音階の科学 小方厚

本書で省略されたピタゴラス音律などについても詳しく解説された本。